大判例

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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)5258号 判決 1981年5月26日

原告

吉村映

右訴訟代理人

大和田忠良

被告

右代表者法務大臣

奥野誠亮

右指定代理人

東松文雄

外二名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

1  次の判決

(一) 被告は、原告に対し、金二四四万九六八七円及びこれに対する昭和五五年五月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

2  仮執行の宣言

二  被告

1  主文同旨の判決

2  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  神奈川県川崎市幸区古市場一丁目三九番地一一所在、家屋番号三九番一一、種類共同住宅、構造木造瓦葺二階建、床面積一階85.59平方メートル、二階68.04平方メートルの建物(以下「本件建物」という。)は、原告の所有であつたところ、訴外株式会社大道自動車商会(以下「大道自動車商会」という。)は、本件建物につき、東京法務局所属公証人橋本東十郎昭和四六年七月二二日作成同年第二一七七号手形割引並に債務弁済契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)に基づき、横浜地方裁判所川崎支部に対し強制競売を申立て(昭和四七年(ヌ)第二号不動産競売事件、以下「本件競売事件」という。)、競売に付せられた結果、金四五八万六〇〇〇円で、訴外株式会社光悦、同朝倉企業有限会社、同叶商事株式会社、同岩井節子、同箭原昌敏等が共同でこれを競売した。

2  右競落代金の配当期日は、昭和四七年六月七日午前一〇時と定められ、裁判所より原告あて期日呼出状が送達されたが、原告は出席しなかつた。右配当期日において原告に交付されるべき配当金の残額(以下「本件競売剰余金」という。)は、金二四四万九六八七円であつた。

3  横浜地方裁判所川崎支部は、本件競売剰余金二四四万九六八七円につき保管金振出番号昭和四七年第一三六号をもつて昭和四七年四月二六日保管金納入の取扱いをしていたが、原告に対し受領方を催告しても原告が受領しなかつたことから、昭和五三年四月二〇日国庫金納入手続をとつた。

4  よつて、原告は、被告国に対し、本件競売剰余金二四四万九六八七円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五五年五月二九日から支払いずみに至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因第1項ないし第3項の事実は、認める。

三  被告の抗弁

1  本件競売剰余金は横浜地方裁判所川崎支部歳入歳出外現金出納官吏が保管していたものであるが、歳入歳出現金出納官吏の保管金は、保管金規則(明治二三年法律第一号)一条により、五年間払戻しの請求がないときは国庫に帰属することとなる。

2  本件競売剰余金は、その保管義務が解除された本件競売事件の手続が完結した日の翌日である昭和四七年六月八日から五年を経過した昭和五二年六月七日の満了をもつて国庫に帰属したものである。

3  よつて、原告の請求は理由がない。

四  被告の抗弁に対する原告の認否及び主張

1  認否

被告の抗弁第1項は認める。第2項中、本件競売手続が昭和四七年六月七日完結したことは認めるが、その余の主張は争う。

2  主張

(一) 本件競売剰余金払戻請求権の失効期間の起算日は、本件競売事件の手続の完結した翌日の昭和四七年六月八日と解すべきものではなく、以下に述べる理由により昭和五四年九月一一日と解すべきである。

(1) 本件競売事件の債務名義である本件証書は、訴外青木綾子が、訴外大道自動車商会より金三〇万円を借りうけるについて原告の妻吉村イセをだまして原告の実印を持ち出させ、右印章をほしいままに使用して、原告の承諾なしに作成したものであつて、原告の意思に基づかないで作成されたものである。

(2) 訴外株式会社光悦、同朝倉企業有限会社、同叶商事株式会社、同岩井節子、同箭原昌敏らは、昭和四八年一一月一二日、横浜地方裁判所川崎支部に対し、原告を相手方として、本件建物を競落により取得したことを原因とし、本件建物の敷地である神奈川県川崎市幸区古市場一丁目三九番地一一、宅地134.54平方メートル(以下「本件土地」という。)につき法定地上権設定登記手続を求める訴(昭和四八年(ワ)第三七三号事件以下「別件訴訟」という。)を提起し、原告は、右訴訟について、昭和四九年八月二九日敗訴の判決を受けた。

そこで、原告は、控訴を提起したが(東京高等裁判所昭和四九年(ネ)第二一二七号事件)、同年二月二四日控訴棄却の判決をうけたので、更に上告したところ(最高裁判所昭和五〇年(オ)第三六七号事件)、昭和五二年四月二六日原判決を破棄し事件を東京高等裁判所に差し戻す旨の判決があつた。差戻審では、昭和五四年九月一〇日和解が成立した。

(3) 原告は、右別件訴訟において終始本件公正証書は原告の意思に基づかずに作成されたもので本件公正証書に基づく競売は無効であると主張していたものであるが、右和解により、競売が有効に行われたことを認めることとなつた。

原告が本件競売剰余金を受領しなかつたのは、これを受領すれば本件公正証書が有効に作成され本件競売が有効に行われたことを認めることになり、別件訴訟の主張と矛盾することになるからであつた。

(4) 以上のとおり、原告は、別件訴訟が係属している間は本件競売剰余金を受領することができない関係にあつたものであり、これは、保管金規則一条第三の訴訟事件のため払戻を請求するに能わざる場合に該当するものというべきであるから、裁判の確定した前記和解成立の日の翌日である昭和五四年九月一一日より失効期間を起算すべきである。

(二) また、別件訴訟の一審において原告が本件競売を無効であると争つたときに本件競売剰余金の帰属者は客観的に不明となつたものであり、差戻審の和解の成立によりはじめて原告に帰属することが明らかになつたものというべきである。したがつて、本件競売剰余金が終始原告に帰属するとして保管金規則本文を適用し、五年の期間の経過によつて失権の効果を発生させることは、許されない。

五  原告の四の2の主張に対する認否及び主張

1  認否

(一)の(1)の事実は不知

同(2)の事実は認める。

同(3)の事実は争う。

同(4)の主張は争う。

(二)の主張は争う。

2  主張

仮に、原告主張の訴訟の係属が保管金規則一条第三に定める事由に該当するとしても、競売手続に係る剰余金は、手続完結当時において保管金規則一条第三に定める事由が存在しない限り、同条第一によりその保管義務が解除された日、すなわち、競売手続の完結した日の翌日から起算して五年を経過することにより国庫に帰属し払戻請求権は消滅するところ、右五年の期間は消滅時効期間ではなく除斥期間と解すべきものであるから、その中断ということはありえないのであり、また、仮にこれを消滅時効期間と解すべきものとしても、保管金規則一条第三は期間の起算日を定めたもので時効中断事由を規定したものではないから、その進行期間開始後に同条第三に該当する事由が発生したとしても、これによりその進行が妨げられることはありえない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求の原因第1項ないし第3項の事実は、当事者間に争がない。

二そこで、被告の抗弁について判断する。

1  保管金規則(明治二三年法律第一号)一条によれば、政府において保管する公有金、私有金は満五年を過ぎてその払戻の請求がないときは国庫に帰属することとなり、右権利失効期間の起算日は、保管義務解除の期のあるものはその義務が解除された日の翌日(同条第一)、保管義務解除の期のないものは保管の翌日(同条第二)、訴訟事件のために払戻を請求することができない場合には裁判確定の翌日(同条第三)とされていることが明らかである。

2  本件競売剰余金は横浜地方裁判所川崎支部歳入歳出外現金出納官史が保管していたものであることは、当事者間に争がない。また、本件競売剰余金は、当事者間に争のない請求原因事実第1項ないし第3項記載の経過から保管されたものであるから、本件競売事件の完結を期としてその保管義務が解除されるものと解されるところ、本件競売手続が昭和四七年六月七日完結したことは、当事者間に争いがない。したがつて、本件競売剰余金は、特段の事由がない限り、本件競売手続が完結した日の翌日である昭和四七年六月八日から満五年を経過した昭和五二年六月七日の満了をもつて国庫に帰属し、原告はその払戻請求権を失うことになるものというべきである。

3  原告は、別件訴訟において原告は終始原告の意思に基かずに作成された公正証書による本件競売は無効であると主張していたものであり、右主張との関係で本件競売剰余金の払戻しを請求することができなかつたものであるから、別件訴訟で和解が成立した日の翌日である昭和五四年九月一一日から権利失効期間を起算すべきである、と主張する。

(一)  原告の主張四の2の(一)の(2)の事実は当事者間に争がなく、<証拠>によれば、本件競売の基礎となつた本件公正証書は、訴外青木綾子が大道自動車商会より金員を借り入れる際に原告の妻イセが原告の実印を持出し原告の承諾なしにこれを使用して作成したもので、原告の意思に基づかないで作成されたものであること、原告は別件訴訟において右公正証書が原告の意思に基づかないで作成されたものであり右公正証書に基づく本件競売は無効であると主張していたこと、及び原告が本件競売剰余金の払戻を受けなかつたのは右主張と矛盾することとなると考えたためであると認められる。

(二)  しかしながら、保管金規則一条第三にいう「訴訟事件ノ為ニ払戻ヲ請求スル能ハサル場合」とは、当該払戻請求権自体を訴訟物とする訴訟又は右請求の発生、帰属を決定する前提となる事項(たとえば、競売剰余金払戻請求権についていえば、当該競売の対象となつた不動産の所有権の帰属)を訴訟物とする訴訟が係属し、その訴訟の結果いかんによつて当該払戻請求権の発生、帰属が法律上影響を被るため、客観的にその存否帰属が不明の状態となり、当該請求権の行使をすることができず又はその行使をしても払戻しを受けられない場合を指すものと解すべきである。

(三)  本件についてれをみると、別件訴訟は本件建物を競落したことによる本件土地についての法定地上権の登記請求権を訴訟物とする訴訟であり、本件剰余金の払戻請求権自体又は右請求権の発生、帰属の前提をなす事項を訴訟物とする訴訟でないことは明らかであつて、別件訴訟においてその前提として本件競売の有効性が争われたとしても、右訴訟の結果によつて本件競売剰余金の払戻請求権の存否、帰属が法律上影響を被ることになるわけのものではなく、したがつて、別件訴訟の係属及び同訴訟における原告の本件競売の無効の主張によつて直ちに本件競売剰余金の帰属者が客観的に不明の状態になつたものと認めることはできず、原告としては、本件競売剰余金の払戻しの請求をすることをなんら妨げられるものではないから、右別件訴訟の係属をもつて保管金規則一条第三の場合に該当するものということはできない(もつとも、原告が本件競売剰余金の払戻しを受けた場合別件訴訟における原告の主張に事実上不利益を及ぼす可能性がなかつたものとはいえないが、別件訴訟の相手方に対し、右払戻しを受けるのは別件訴訟に原告が敗訴した場合において本件競売剰余払戻請求権の失権期間満了によりその請求ができなくなることを避けるためであり公正証書作成を追認する趣旨でないことの異議をとどめることによつて、右不利益を除去することができたものと考えられる。)。

(四)  のみならず、保管義務の解除の期のある保管金の権利失効期間は、保管義務解除の期において払戻請求を妨げる保管金規則一条第三の訴訟が係属していない限り、保管義務解除の日の翌日から進行を開始することになるものであることは明らかであり、右進行を開始した期間は、これを除斥期間と解すればもちろん、消滅時効期間と解したとしても別件訴訟のような第三者から原告に対する請求によつては中断されることはないから、いずれにしても、昭和四八年一一月一二日に提起された別件訴訟によつて、本件競売剰余金払戻請求権の権利失効期間が、その保管義務の解除された日の翌日である昭和四七年六月八日から進行を開始し、満五年を経過した昭和五二年六月七日をもつて満了し、本件競売剰余金が国庫に帰属することを妨がられることはないものというべきである。

4  原告は、また、別件訴訟において原告が本件競売の無効を主張したことにより本件競売剰余金の帰属者が客観的に不明になつたにもかかわらず本件競売剰余金が終始原告に帰属するとして保管金規則を適用し満五年の経過をもつて失権の効力を認めることは許されない、とも主張する。

しかしながら、別件訴訟において原告が本件競売の無効を主張したからといつて直ちに本件競売剰余金の帰属者が客観的に不明となつたものと認めるべきでないことは、前述のとおりであつて、原告の右主張はその前提を欠き失当である。

5  その他、本件競売剰余金の払戻請求権の失効期間が本件競売手続の完結した日の翌日である昭和四七年六月八日から進行を開始し満五年を経過した昭和五二年六月七日に満了することを妨げるべき特段の事情が存在することを、認めるに足りる証拠はない。

6  そうすると、被告の抗弁は、理由がある。

三よつて、原告の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(越山安久)

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